参加型の空間づくりを通して、地域に根付いたデイサービスを実現する



nata studioの武部です。今回は、デイサービス改修プロジェクトの完成までの歩みを紹介していきたいと思います。
お施主さんは、徳島県に本社を置き、高齢者・障害者福祉施設、病院や訪問医療など、全国に幅広く事業を展開している平成医療福祉グループ。『自分を生きる を みんなのものに』をグループミッションに掲げ、「福祉・医療」というサービスの枠組みに囚われず、人間の営みそのものに寄り添う活動を多数試みています。
今回声をかけてくださった介護福祉事業部の前田浩太郎さんは、デイサービスの領域でグループミッションの実現に向けて様々な企画に取り組んでいます。閉塞感のある雑多な空間では居心地の良い環境にならず、ケアの視点から見ても「個人の意思やその人らしさ」が失われてしまうという問題意識を持っており、私たちに空間設計の依頼をしてくださいました。
結果として、デイサービスを地域に開くというリスクの伴う選択をし、完成に至りました。今では、日常的に地域の人が庭を出入りし様々な出会いが生まれ、さらにスタッフが主体的に地域に向けたイベントを催すようになっています。地域で暮らすという当たり前の出来事が、デイサービスの中で新しい形で回復し、まさに「自分を生きる を みんなのものに」ということが、デイサービスの箱を飛び越えて地域にまで広がることで実現しつつあります。
ただ、地域に開くということは、運営体制が変わり利用者の不安を促進させてしまうため、そう簡単なことではありません。そこで私たちは利用者やスタッフ、地域の人といった多様な人を巻き込みながら空間づくりと現場の意識づくりをセットで伴走することで、時間をかけて形にしていきました。
地域に開き、地域に根付いたデイサービスを実現する。そうした難しいハードルをどのように超えていったのか、完成までの歩みを紹介していきたいと思います。
【平成医療福祉グループ】
平成医療福祉グループは、「じぶんを生きる を みんなのものに」をミッションとし、誰もが、どんな時も、自分らしく生きられる社会の実現を目指している。
東京や大阪をはじめ全国に100を超える病院、介護、福祉施設などを運営している。
↓平成医療福祉グループのホームページ
https://hmw.gr.jp/
【関連記事(平成医療福祉グループにより作成)】
・【空間プロジェクト】利用者さんと職員の双方が心地よく過ごせるデイサービス空間作り‐Vol.3-(前編)
https://note.hmw.gr.jp/n/ne1ff34320c4a
空間コンセプト:漂う島のような居場所 -内部空間と庭、地域と福祉施設を等価に扱う-

まずは、空間のコンセプトについて説明したいと思います。
私たちは、庭を地域に開くことと同時に、坂と庭、内部空間を「島」によって視覚的・空間的・機能的につなげることを考えました。
坂がもたらす暗がりや開放感、たくさんの人に愛されている桜の木、地域の人と一緒に作業する畑など、環境の違いに合わせて変形させた「島」のような什器を、建物内外で連続するようにパラパラと配置しています。
中央にある大きな島は、共同してものづくりをする場所。ソファの近くに散らばる小さな島はコーヒーを置けるローテーブルに。庭の中心にあるヤマボウシを取り囲むように配置した島では、地域の人の休憩所に。そして、島が建物内外を連続することで、福祉施設と地域がひとつながりの風景を生み出しています。
庭と内部空間をできるだけ等価に扱い、福祉施設を利用する高齢者や、スタッフさん、地域の子どもや親御さんそれぞれが、この場所が自分の場所だと思える空間になることで、地域と福祉施設が支え合えるような関係性を目指しました。
ビジョンを共有するチーム体制づくり


プロジェクトを開始する際に、まずはチーム体制を構築することから始めました。
従来では、基本的に事業者と設計者がプロジェクトのビジョンを固めて設計図を完成させたのち、それぞれの工事業者に役割を割り振っていくという工程で進んでいきます。ただ、そうしてしまうと、スタッフや利用者さんの現場の声とのギャップが生まれたり、設計変更に応じて工事業者と上手く連携が取れなかったりと、ビジョンが様々な関係者から浮いた存在になってしまいます。
そこで、わたしたちはビジョンの構想づくりの段階から、工事業者をはじめとして、利用者さんやスタッフさんを含めたチームを作っていきました。それぞれの立場から意見を言い合うことで、チーム全体でビジョンを共有しながら、強度のあるビジョンを育てていきます。
また、設計段階から、それぞれの立場の懸念点を整理することができ、余計な作業を避けて、適切にコストコントロールすることにつながります。

【ワークショップ】島を囲んで、不安や期待、想いを共有する

では、実際にチームの中でどのように対話をし、ビジョンを育てていったのか、3つのイベントを紹介していきたいと思います。
まずは、スタッフさんに対して、現場の不安や期待、想いを聞くために、ワークショップを行いました。設置する什器のモックアップを作成し、それを取り囲んでポストイットする形式にすることで、改修後の空間を具体的に想像できる環境で意見を出し合いました。車椅子が通りやすいか、高齢者でも利用しやすいデザインになっているかという介護する現場目線での意見や、地域の子どもたちを呼んでどんなイベントができるかという地域目線での意見が出て、多角的にこの場所の未来をイメージしていきました。
ワークショップの中で最も印象的だったのは、スタッフ間で地域に開くことの不安や期待がぶつかりあいつつも、地域と福祉施設の関わり合いを模索する議論に移ったことです。「フェンスが外れると、外に出る方が増えそうね」「少しずつフェンスを外していって、様子を見よう」など、地域に開く具体的な方法を前向きに話合いました。
地域に開くと言いつつ、全部を開放するわけではありません。そうしたリアリティをスタッフ間で議論しながら共有するということは、トップダウン的に運営方針が言い渡されるわけではなく、現場に従事する一人一人が当事者意識を持って、より良い方向に矢印が向いていくことに他なりません。
島を取り囲み、自身の身体を使って意見を出し合う。そうした体験を共有しながら議論をしたことで、等身大でありつつ、未来への挑戦の眼差しをチームの間で共有できたのだと思います。
【説明会】改修内容や運営方針を何度も丁寧に共有する

ご利用者さんに対しては、何度も説明会を開き、不安の解消に努めていきました。ただ、それは単に改修の内容を理解してもらうための説明会ではありません。わたしたちは、利用者さんが出来上がった空間を自分の空間だと認識してもらうことで、自分らしく過ごせると思っています。そのためには、どんな場所になるかが一部の人にしか分からず、さらに、利用者さんのいない時間帯で工事をして、利用者さんを驚かせるようなことはしてはいけません。
利用者さん一人一人が、空間づくりに興味をもらうためにも、工事内容を丁寧に説明し、さらにできるだけ工事を見せていくことが重要だと考えています。
【庭工事】一緒に工事を行い、空間への愛着を育む


さらに、利用者さんやスタッフが空間づくりに参加できるように、庭師の安藤さんの手を借りながら庭工事を一緒に進めていきました。高齢者の身体的な制限に合わせて、工事の仕様を調整することで、多くの人が庭工事に参加できるようにしました。
工事というのは、ものが生み出されるダイナミックな出来事です。そうした場を多様な人で共有することで、新しく生まれ変わる場所への愛着を育んでいきます。
また、工事に参加したことで、利用者さんの新しい一面を見つけるきっかけにもなりました。建物の中だけで受ける介護サービスだけでは、その人の本来の能力や魅力を引き出すには限界があります。工事を一緒に参加したことで、新しい一面を発見し、一人一人のその人らしさに合わせた介護サービスに活かすことができます。
【ヒダクマ】飛騨の森を福祉施設の中に呼び込む。人や場所とつながる、生きる空間。


什器の製作は、飛騨にある広葉樹の森の資源循環を通して、新しい空間の可能性を探る、株式会社 飛騨の森でクマは踊る(以下、ヒダクマ)に依頼しました。什器は、広葉樹の伐採から始まり、乾燥、加工と様々な職人に受け渡されながら完成します。ヒダクマは、そうした手垢とも言える小さな物語を可視化することで、什器製作に参加するきっかけづくりを行う点で、非常に共感しチームに参加していただきました。
まずはチームで、飛騨の森を案内していただきました。広葉樹の森は多種多様な樹種が共存するのが特徴で、様々な形や表情の広葉樹が複雑に絡み合った空間になっています。少し歩けば、全く異なる環境を発見する広葉樹の森のように、デイサービスの中でも一人一人が思い思いに居場所を見つけ出せる環境を作りたいと思い、サクラを主として、ナラやカエデなど様々な樹種を組み合わせて什器を構成していきました。
什器を加工する職人さんにもお会いし、樹種の特性を聞きました。それぞれの樹種の含水率によって、組み合わせる樹種の相性が決まるため、慎重に判断しながらできるだけ多様な樹種を選定しました。
このように、家具の資源となる広葉樹の森の魅力に触れ、什器製作に関わる様々な人と出会うことで、什器に宿る様々な物語の存在を知るきっかけとなりました。そしてスタッフや利用者さんに什器製作の過程を共有することで、什器に眠る物語を受け継いでいきました。
遠くにある森や代々受け継がれる技術のことを思う。そうした、かけがえのない人や場所とのつながりを大切にすることで、いつまで経っても廃れない生きる空間になると思っています。
【株式会社 飛騨の森でクマは踊る】
ヒダクマは日本の「森」とそこで生きる人たちの文化を新たな視点で再発見し、世界中の人や情報と結びつけながら、モノから体験まであらゆる「つくる」を開発するラボ。
ヒダクマが拠点を構えるのは岐阜県・飛騨古川。美しい水路と古き良き日本家屋の町並み。築100年以上の古民家をリノベーションしたデジタルものづくりカフェ「FabCafe Hida」には宿泊もできる。
↓ヒダクマのホームページ
https://hidakuma.com/
【説明会】改修内容や運営方針を何度も丁寧に共有する
空間が完成するまでに、空間づくりに関わるきっかけを色々な角度から作ってきました。そして嬉しいことに、完成後は、私たちが想像している以上に生き生きとした活動が生まれるようになりました。ここから完成後のデイサービスの活動をいくつか紹介できたらと思います。


一つ目は、利用者さんが積極的に庭に出るようになりました。日向ぼっこをしたり、畑作業をしたり、自ら落ち葉の掃き掃除をしたりと、スタッフの支えを受けつつも一人一人が主体的に自分の役割を見つけ出しています。
また、庭での活動が増えたことで、例えば犬の散歩をする方や下校する小学生といった地域の方々との交流が増えました。デイサービスの活動がより外から見え、関わるようになったことで、地域からは、福祉施設が特別な場所から、日常の場所へと転換しつつあります。


二つめは、地域に開いたイベントを催すようになったことです。これまで地域の方に向けたイベントをしたことは、施設全体で見ても異例の出来事でした。紅葉祭と題し、軽食や駄菓子の販売、和太鼓の演奏、庭では寄せ植えワークショップ、いつも立ち寄ってくれる地域の方によるネイルサロンなどを実施しました。写真でもわかるように、本当にたくさんの人が訪れました。
利用者さんは、バザーの販売員や、リース作りワークショップの先生など、それぞれの得意分野に合わせて役割を持って祭りに参加しました。

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